そこそこ、を目指して ~うつだけど前を向きたい~

生きることを頑張れなくなってしまいました。でもぎりぎり生きています。

しょうがい

私の母は、右半身麻痺で杖を使いながら、ガンの治療で人工肛門をつけて生活しています。

私が高校生の時に母が後遺症で右半身麻痺のために歩行困難となり軽度の言語障害を患いました。
一時帰宅でトイレも1人で難しい母の姿を見て隠れて泣いたあの日のことをいまでも強く印象に残っています。
その日から、私たち家族は障害者と一緒に過ごしてきました。

少しずつ、トイレに一人で行けるようになったり杖を使ったら一人で色々行けるようになったり手芸を楽しんだりするようになるまで。
母が頑張って生きようと思えるまでにはながい時間がかかりました。
ようやく目処がついたところでガンが見つかりました。

血液検査で引っかかり、細かい検査に行くまでの間に突然悪くなっていくのを隣で見ていて、血の気が引くとはこういことをいうのだと感じました。
治療が始まって手術と抗がん剤治療を繰り返してみるみる弱っていく母に頑張れと言い続けるのはあまりにも酷な気がして。
私はどんな顔をすればいいのだろうとずっと考えていました。

本人がそんな病気を乗り越えて、障害と共に生きていく難しさを目の当たりにして。

出来ないことを出来ないと言えるまでにどれだけの時間を費やしたのか。
家事などが出来るまでにどれだけ努力したのか。
ガンの治療をすると言えるまでにどれだけ悩んだのか。

そんな沢山の葛藤を持ちながら生きることの難しさを知りました。

私は病気なんだから仕方ないでしょ、可哀想でしょ?

そんな理論を持つまでに回復したのだと、ずっと見ていた私は思います。
でもその葛藤を知らない人は今はあんなに出来るんだからと思うでしょう。
そこまで来る過程を見れたのに見なかった人達は沢山いますがそれはある意味仕方ないのです。

家族の病気でさえ見て見ぬふりをしたいのに友達や知り合い程度でどれだけ労力を貸せるのでしょう。

家族でさえ、本人でさえ障害と付き合うと覚悟を決めて生きていくのが難しいのに。

難しい。

難しいのです。

答えなど出ないまま。