そこそこ、を目指して ~うつだけど前を向きたい~

生きることを頑張れなくなってしまいました。でもぎりぎり生きています。

そこそこ、を目指すために

 

今年23歳になる大学生の若輩者ですが、うつになりました。

 

一番の要因というのが、世間一般にみたところの「大変な家庭環境」です。

まあ、ネグレクトや暴力などではなく家族や自分の病気に苦しめられ。

 

「私」が壊れてしまいました。 

 

もう、生きることを頑張ることが苦しい。

息をすることに頑張らなければいけない。

もう、息をすることをやめてしまいたいと思いつめて、自分に包丁を突きつけたこともあります。

 

でも、今こうして息をすることができています。

そして、自分の足で立ちたい、と思えるところまで来ました。

 

まだまだ波もあり、苦しい日もたくさんあるけれど。

 

人生を一度諦めた人間が、砕け散った「私」の破片を拾い集めて新しい『私』になるための備忘録として、思ったことや、毎日を書いていきたいと思います。

 

 

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こわれたまま

 

二度と戻りはしなくても構わないから僕のそばで生きていてよ

 

ラストマイル、見てきました。

大人だけでしか食べれないものを食べて、いそいそと。

なんとも後味が微妙にざらりとする感じが堪らなく愛しく、何度も何度も噛み締めてその度にぎゅっと胸が締め付けられては思いを馳せる。

 

主題歌の米津玄師のがらくたの歌詞があまりにも合いすぎていて、登場人物全てに当てはまり突き刺さりずっと抜けない。

ずっと壊れてて戻らなくていいからとりあえず生きていてくれ、そう言われた日のことを思い出すのです。

自分が一番絶望したあの日に、必死に私を繋げとめようとしてくれたあの言葉を振り払うことが出来なかったから今ここに居るのだと思うと感謝と恨みと織り交ざった何かがあります。

 

誰も傷つけたくなくてとりたかった選択肢を、やめてと懇願する人を退ける勇気はなく。

それでも、なんでとめたのと思わないかというとそんなことは無く。

ぐらぐらと揺れるのを私は止めることが出来ない。

 

私はがらくたになって、からっぽになって。

その事実に私か1番ついていけなくて。

それでもいいという言葉が嬉しくて悲しくて、苦しくて仕方なかった。

 

二度と戻りはしなくても、あなたのそばで生きていく。

 

こわれたままのがらくたを、あなたが愛してくれるなら。

愛されることにてらいのない

 

その笑顔を、一生守って生きたいと願う。

 

相手の感情に人一倍敏感で、その人が自分に向けた感情のまま対応する貴女はとても正しい。

私とは合わない人が存外貴女を助ける人になるのだと分かり、貴女が居なければ知らないことがいっぱいある。

そして、それは希望でしかない。

 

よく笑いよく泣き、よく食べよく走りよく踊り怪我をしてしっかり眠り成長していくその姿は本当に周りを幸せにしてくれる。

貴女の健やかな成長がどれだけ皆を喜ばせているのか、知らなくてもいいけど誇っていいと思う。

みんなから愛されて、みんなを愛して欲しい。

 

よく他の人に触られたくないと言う人がいるけれど。

私は皆に愛されて欲しいと思う。

私が何かの拍子で死んでしまっても、誰か他の人が愛してくれていたならきっと貴女の未来は優しく豊かなものになると信じてる。

 

貴女が愛されるのは貴女自身の魅力でしかなく、それを邪魔するのはとても野暮だと思う。

その人がいい人か悪い人かはきっと未来の貴女が決めることで私にはあずかり知らぬところ。

誰よりも愛される可能性を、貴女自身が伸ばしていく。

 

自分が愛されることに疑うことの無い、愛されることにてらいのない貴女が本当に愛しい。

貴女は間違いなく望まれ愛されて生きていく。

ひとりでもおおくのひとにあいされていきることだけを、のぞんでいる。

 

愛されることにてらいのない、それは今までずっと愛されているってわかってるってことだから。

 

それはきっと私への褒め言葉だ。

罪深き人よ

 

共に罪を背負う覚悟はありますか。

 

ずっと前から知っていて安定しない人間になった過程をずっと見ていた貴方が共に望んだ未来はどうですか?

私は恐ろしく、とてもでは無いけど一歩踏み出せなかったけれど貴方と共にならと全てを捧げる覚悟を持ちました。

加害者になろうとも、貴方と共にあれて幸せだったという事実はもう決して揺るがないから宝物は宝物のままだと分かったから。

 

その未来は今の私にはとても過酷で、なんとかなるではとてもじゃないけど乗り越えられそうにはなく。

それでも頑張れと人は言う。

貴方の支えは大きいけれど、奪ったものも多すぎる。

 

人は、簡単には死ねないのだ。

でも、その最後の一押しを私はいつも待っている。

最後のひと押しを奪った貴方の最後のひと押しが欲しくて、ずっと一緒にいるのだろうか。

 

違うのだ。

眩しく朗らかな貴方と共に在れたらきっと幸せだろうとずっと描いていたのだ。

何も分からない子供の頃から貴方の全てを許せるから、きっと全部頑張れると知っていた。

 

ひたすらに愛していただけで。

今もそれは変わらず、ずっと一緒に幸せにと願いながらあなたの幸せだけをずっとずっと願っている。

その未来にあの子は居るべきだけど、私は居るべきかずっとずっと問うている。

 

私は死んだ。

もうベストの状態には戻らない。

そんな人間が、何を望むのか。

 

罪深き人よ、明るい未来を魅せたことを後悔していますか?

 

私も共に罪を抱えながら一生を生きろと言うにはあまりにも辛いものだと思いませんか。

疲れたがしかし

 

踏ん張りどころで踏ん張りきれるか。

 

うつになって、1番の難関にきている。

頑張ると決めたけど、だんだん自信がなくなっていく。

頑張れなくなったらどうしようも無くなって、後ろを振り返ることすら許されていない。

 

来た道はぼろぼろと崩れ去り、前に進むしかないけれどそれでどうしようもなく泣き崩れ全てを失った過去もある。

あの時と違うのは、元々私がうつであると自覚していることだけ。

ただそれだけ。

 

周りはすぐなんとなくまあいいかで荷物を載せて来るからそれを拒否しなければならないのは私。

人生でいちばん苦手なこと。

でも、私の人生で一番大切なこと。

 

そして、人生で1番大切なものを守ることが今回のテーマ。

走馬灯で見たいものリストを日々更新してくれる存在たちを守るために、生かすために私は頑張りたい。

誰かのために頑張り、誰かのために生きることはとても心地よいことなのだ。

 

ここからまたひとつひとつ、やれることを増やしたい。

その為の練習で、第一歩。

私が生きるにはこの道を進むしかない。

 

疲れたがしかし、心地よく。

 

 

自分の道をひたすら歩むのみ。

 

 

虚しく響く

私は誰よりも頑張っていた筈なのに。

 

努力した。我慢した。身を削ったし最大限を尽くしてきた。

でも実を結ばなかった。

私がサポートした人たちは私よりずっと少ない努力で実を結んでいく。

 

そのうえ、私のサポートはなかったことにできるらしい。

そうなのか知らなかった。

本人が頑張ったのはもちろんだけど、私だって頑張ったのにな。

 

そういえば、ゲームの製作の人がクレジットに名前が残らないから自分の仕事だと主張できないっていうのが問題になっていたな。

それと一緒か、そこには名前残らないもんな。

その人の記憶に残れば十分なのか。

 

私はそうは思わない、最低限の周知は欲しいしなかったことにされたくない。

苦しいところだけ全部押し付けて、何もありませんでしたって顔をしろというのは酷だと思うのは私だけか。そりゃそうか、押し付けた側は痛みを知らないのだから。

なんで我が物顔にできるのかわからない、口だけ助かったっていえばすべてが解決すると思っている。

 

そうなのか。私の犠牲はそんなもんなのか。

かっこわるいところ排除したら、私の出番いらないもんな。

もしかして、今の私邪魔なのでは?

 

ああそうか、私の不安はそこか。

 

負の遺産筆頭だ。私だけが強く記憶に焼き付けられている。

本当に苦しかった。なぜ私がこんなにも鼓舞しなくてはならないのかわからないまま頑張りたいとのたまう者に最善と考えられる策を練り与え文句を引き受け。

苦しいと言ったらこときれるから最後まで走り切り、力尽きたところでその頑張りを評価されて拾われたと思っていたのに。

 

そう思いたかったのだ。

蔑ろにされた人生を取り戻したかった。

私の努力が少しでも評価されたのだと感じてみたかった。

 

そんなのは私の思い込みでしかなく。

負の遺産筆頭であると同時に、犠牲者への償いのようなものだろうか。

それにしてはさらなる犠牲を強いたものだ。

 

私は、頑張ったんだよ。

 

虚しく響くその音を拾うものはなく、空気に触れて初めて震える音は酸素がないのでなかったこととなる。

 

宝物

 

寝る前のぽにょぽにょした貴女が抱き締める。

 

眠くなると起き上がり人形みたいに色んなところをころころぐりぐりぽふぽふ。

何かに寄っかかって落ち着きたいのは母譲り。

目を擦りながら色んなものを抱き締める癖は生まれた頃から変わらないね。

 

その中に私の手も入っていて。

自分の手を安心するものとしてカウントされることが初めてだから、あったかくてくすぐったい。

私もそんなふうに全幅の信頼を置いていたのだと思い出し、胸が締め付けられる。

 

私はずっとその存在であることが出来るだろうか。

あの感覚を味あわせないように出来るだろうか。

その為にはしてあげてると思わないための余裕が必須なのだと私はよく知っている。

 

パートナーからの抑圧やプレッシャー、期待しないようにする分その期待は子供に向けられて。

最初は要らなかったのに子育てへの見返りが欲しくなる。

そのラインを超えないように気を引き締める。

 

最初は100ある信頼を徐々に削がれるのは、親ではなく子の苦しみだから。

生きてる方が負担になるなと思った自分を一生呪う人生はとても辛いものだから。

それは、自発的ではなく仕方がなかったのだと思いたいから。

 

宝物はキラキラと輝き、美しいものであるよう磨き続けなくては。

ぐらぐらと

 

母になったら情緒は自分でコントロールできるようになると思ってた。

 

結局コントロール出来ずぐだぐだとパートナーにあたる私が本当に嫌い。

全然ベストが尽くせてないのは本当に嫌い。

こんなに素晴らしい子の親になれたのに全然その子に相応しい親になれてない。

 

もっとああすれば、こうしておけば。

出てくるのは後悔ばかり。

実を結ぶのは本当に本当に少し。

 

あとはもう全部愛しい子のお陰で。

子は勝手に育つとはこのことで。

すべてをこえた存在として、日々こつこつと出来ることが増えていく。

 

ごめんね、こんな母でと我が子に懺悔するほど腐っては無いので夫に全部ぐちぐちぐちぐち。

否定してくれることがわかってて、それでもその言葉が欲しくて。

変化が怖いのに、もうそれ以外は選べない。

 

息をするだけで必死な自分が人の世話などと思うけれど、じーっと見てるだけでなんだか頑張れる。

そこ!?っていうところが苦手だったりして自分でも引いてるのだけどなんとかかんとか。

本当に本当にバランスのいい子で、分かってるのに考えすぎる私のせい。

 

ぐらぐらと揺れるのは一生なおらないのなら、あなたに見せないためにはどうしたらいいんだろうね。

 

それでも一生懸命生きてる姿を見せるのとどっちがいいのか分からないなぁ。

 

一生悩み続けるんだろうな。