そこそこ、を目指して ~うつだけど前を向きたい~

生きることを頑張れなくなってしまいました。でもぎりぎり生きています。

あなたといる

私も彼も別に誰かの理想の何かになりたい訳では無い。

うちの旦那さんはめちゃくちゃ諸々協力的です。
家事全般も私のメンタルケアもすすんでやってくれるし、私が何もしなくても出来なくても絶対責めない。
その話をすると恵まれてるね、幸せだね理想の旦那さんだねと言われます。

正直私が出来ない奥さんだと遠回しに言われてるような気がしてあまりいい気持ちはしないし、旦那さんからしたら当たり前のことやってるしあなたの旦那になったところで絶対やらないから褒めないで欲しいそうで。
そう、彼の優しさも何もかもとっても限定的。
ここに至るまでの紆余曲折はとても人に言えたものでは無く、それは私達しか共有出来ずその上で成り立つ色んなことがある。

逆に問いたいのです。
じゃあ何故そんな人を選んだの?と。
親は選べない、でもパートナーは選べる。

未婚や離婚をする人を見下し、自分より幸せそうな結婚生活を送ってる人を見ると羨ましいだの長くは続かないだのと『結婚』をひとつのステータスか何かのように扱って。
我慢しながら『結婚』を続けられる自分を誇り、我慢しないと1人前ではないと説く。
私は、私たちはお互いを幸せにするために『結婚』という制度を使ったパートナーです。

私は理想の奥さんとか母親になりたいと思って結婚した訳じゃなく、彼にとってよい妻で相談相手で人生のパートナーとなり彼との子供の母となりたいと思った。
彼もまた、理想の夫やイクメンになりたい訳ではなく私にとってベストなパートナーとなり自分の子供を愛する父となりたい。
それじゃダメなのでしょうか。

今うちには猫がいます。
地球上の全猫全て可愛いけれど、一緒に暮らしたいのも一生愛でたいのも愛してるのもこの子だけです。
ご飯足りてるかな食べすぎてないかな、トイレはしっかり出来てるかな無理してないかなと心配出来るのもうちにいる猫に対してだけです。

世界一可愛いのは、うちにいる子だけ。
世界一愛してるのは、私が選んだ家族だから。
何よりも頑張れるのは、私が選んだ道だから。

我慢しない為に、一生懸命頑張って出来たらしたくない深い部分の話し合いをサボらず。
お互いの為という名の自己犠牲をしないよう細心の注意を払い。
泣いて叫びながらも諦めなかった私達の答え。

あなたといる為に、重ねてきた努力がその他多数にも適用されてそれが素晴らしいなんて言わないで。