そこそこ、を目指して ~うつだけど前を向きたい~

生きることを頑張れなくなってしまいました。でもぎりぎり生きています。

許せない私と

そんな私を肯定してくれる人達。

私のこれまでの人生は、基本的に人格否定と存在否定が根底にあって。
家族だから、その道を選んだから仕方ない。
全てにおいて立場の弱かった私は、全てを受け止めてなお立ち上がれるよう強くあることしか出来ませんでした。

そんな私の人生を、台無しにしてもきっと心が痛むことなどないのだろうなぁ。
折れた私が悪いのだろうけれど、折った人達は少しの罪悪感で更に私を責めるだろうからと関係を細めて細めて。
それでもその細い関係の中で散々当たる人もいるし、此方の様子を伺う人もいるし。

謝罪をしてきたのは、2人。
そのうちひとりのことを、私はどうしても許すことが出来そうにありません。
悪気が無かったことも本意ではなかったことも聞いたけれど、信じることがどうしても出来ないのです。

せっかく非を認めて謝ってくれているのに、どうしてこんなにも許すことが出来ないのか。
自分の心の狭さに呆れて、苦しくて。
許せないのだと言うことも出来なくて。

少しトゲのある言い方をするくらいは許されるかと、良心が痛まない程度にちくちく言って。
そしたら、許されるとは思ってないと告げられて。
思わず、一瞬絶句。

いや、あなたそんな人じゃなかったじゃない。
もっと全部人のせいにするタイプで。
謝ったんだからって逆ギレするのが常だった。

それでも、謝りたいんだよ。
素直になれなくてごめんね、本当に素敵なピアノだよ。
今でも聴きたくなる時がある。

本当に?
私、あの時も上手にピアノ弾いてたかな。
弾いてる私のこと、上手って思ってくれる人いたんだなぁ。

トラウマとして私の中に刻まれた記憶は無くならないし、やっぱり怖いし信じられないけれど。
頑張ってた私を、本当は否定したくなかったって言葉は少しだけ気持ちを軽くしてくれる。
私は、今日もやっぱりピアノを弾くのです。

許せない私と、許されない貴方。

いつか、関係が変わる日が来るだろうか。