そこそこ、を目指して ~うつだけど前を向きたい~

生きることを頑張れなくなってしまいました。でもぎりぎり生きています。

約束された移動

小川洋子さんの移動にまつわるオムニバス形式の短編集です。

移動に夢を見たり呪われたり愛されたり囚われたりした人々が各々の約束された移動と共に生きる姿を切り取った物語です。
別に世界観が似ていたりクロスオーバーのような繋がりも無いのですが、ただ移動がそこにある。
大きな移動から小さな移動まで、その人によって受け取り方から付き合い方までそれぞれでその姿がただ小川さんらしい素朴な優しい言葉で丁寧にそっと箱庭に詰められていてそれを覗いているような感覚でした。

善悪とか白黒とか何もかもを明確に答えが欲しい時にそっとこの物語が寄り添ってくれたら素敵だなぁと思ったり。
優しさとかしんどさとか愛情とか憎しみとか絆とか目に見えないしすべてを明確に示せる訳では無いけれど、確かにそこにあることを思い出させてくれる。
見えないから分からないから感じられないからといって、それは全て無かったことにはならない。

私たちの時代では移動なく生きることは難しく寂しい。
その移動が約束された移動だとしても、その人にとっては苦痛かもしれないし幸福かもしれないし傍から見たら約束されたという風には見えないかもしれない。
移動は約束されているけれど、行き先は約束されていないのだと気付いてもその移動はきっと避けられないのだとしたら。

小川洋子さんの作品を見読み終えたあとはいつもふわふわするというかほわほわするのですが、今回もやっぱりほわほわしました。
別に特別明るい内容とか言葉が優しいとかそういうことではないけれど、読んでいる間のずっしりとした重量感というか本にずっと引っ張られる感覚ががすっとなくなってしばらく無重力状態を味わえる感じです。
言葉ひとつひとつが洗練されて、どんなに悲しいことの描写でも私が傷つくことは無いのも嬉しい。

約束された移動が、どうか貴方にとっても幸せなものになりますように。